「さあって、今日は…何を着ようかなぁ…と」
(…俺にはこれ以上のレパートリーなんてないぞ)
 嬉々として俺の洋服ダンスを漁る遠坂の背に、俺は小さく呟いた。

 最近、遠坂が俺の学ランやら私服のシャツを着たがるという変な遊び(?)に目覚めて、俺を困らせていた。
 いや、別にそれ自体は構わないのだが、あくまで普通に着てくれれば…。問題なのは─下を履いてくれないとか素肌に直接とか─やたら挑発的な格好をすることだった。
 しかしそれとてもさすがに打ち止めだろう。元々そんな数だって種類だって持ってない俺だから、遠坂が遊ぶネタなんかない。
 ──と、そう思った。だが、

(それがあったか…)
 遠坂が選んできた今日のお召し物は…作業服(つなぎ)だった。
 相変わらず、素肌に着てたり必要以上に胸元が開いていたりと…気になるところはあるのだが、露出はずっと少なくて残念…じゃなくて、あまり目のやり場には困らない──こともなくはないが、それよりも、

「遠坂、どうした?」
 俺から服を奪って、初めはいつもと同じに楽しそうにしていた彼女の態度がなんだか妙に大人しい。
「…うん、──士郎のニオいがするなぁと思って」
「臭うのか?」
 ちゃんと洗濯だってしてあるし、臭いというなら制服のがよっぽどするだろうに。でも、遠坂の反応は今までにないから…きっと染み付いた油の臭いとかが不快なんだろうな。
「悪かったな。油臭くて、元々作業服なんだからな。だったらすぐに着替えて…」
「あ、違うのよ…ほら、これって士郎が鍛練の時に着てるでしょう。その所為なのかな、──油の臭いもするけど」
 そこで言葉を切った遠坂は何故か恥ずかしそうに頬を染めていた。
「微かに魔力も感じられて、──士郎に包まれてるみたい」
 いつも大胆で挑発的な表情をしていた時よりもずっと、はにかんだ顔で──そんなコトを呟いた。
「っ…!?」
 そんな遠坂はメチャクチャ可愛いくて、抱き締めそうになるのを多大な自制心でなんとか堪える。
「…じゃあいつも着てるか」
 服を代わりにすればいい…と言われたことに怒ったように言ってみた。そうそういつもやられているばかりじゃ、情けない。だけど、
「それもいいかも。そうしたらずっと士郎を感じられるから…でも、やっぱり士郎に抱き締めて貰うのが一番いいな」
 本当に嬉しそうな笑顔にもうダメだった。俺のなけなしの自制心も吹き飛んだ。
 幸いなことにここは自室で、家に居るのは俺たち二人だけだった。だから、俺はもう遠慮なんかしなかった。




「士郎? 何…してるのよ」
 戸惑うように遠坂が訊ねてきた。大切な時間が終って、まだけだるそうにしている遠坂を後ろから抱き締めたからだ。
「服に負けるのは悔しいから、これからは俺が遠坂のシャツになろうかと思って」
「……!?」
 遠坂の背中が朱に染まる。そして、
「───ばか」
 罵るというには余りに甘えた声音で、睦言の余韻のように遠坂が腕の中で囁いた。